さる1月4日から13日までの10日間,インドの首都ニューデリーでインド文化資源研修センター(Centre for Cultural Resources and Training,CCRT)との共催の下,「インド巡回講師団派遣 無形文化遺産の記録・保存ワークショップ」が行われた。同ワークショップは,これまでパキスタン,タイ,ベトナム,ラオスで行われ,今回はその5回目である。

ワークショップの背景
アジア・太平洋地域には,舞踊や音楽・演劇といった豊かな無形文化遺産が数多く存在している。しかし,これらの中には,急速に進む近代化や社会の変容により消滅の危機にさらされているものが多い。これらの無形文化遺産を保存し後世へと伝えていくことは,現在緊急かつ重要な課題となっており,その最も有効な手段の1つとして,ビデオによる正確な記録保存が挙げられる。こうした状況の中,今回のワークショップが行われた。

充実した講師陣
今回ACCUは,東南アジア・オセアニアの民族音楽と広く音楽学の第一人者である山口修氏(大阪大学文学部教授),無形文化遺産の映像記録の分野で非常に豊かな経験をもつ映像専門家の高橋光則氏,無形文化遺産記録作品の保存・管理から博物館での展示まで手掛ける鈴村明氏(国立民族学博物館専門官)の3氏を講師として派遣した。

参加者はインドの文化関係機関から来たカメラマンや研究者など26名で,広くインド全土から集まった。

3つのテーマ
今回の講師3人の専門はそれぞれ異なっているが,その3つのテーマが有機的に融合されてワークショップを形作っていくこととなった。

山口氏は無形文化遺産のドキュメンテーション・ビデオを制作するにあたって,対象となる芸能の歴史やそれがいつ,どういう形態で,どこで,何故行われるのかといった情報を演者へのインタビューを通して細かく収集することの意義を説明した。

高橋氏はまず,無形文化遺産の「ドキュメンタリー」と「ドキュメンテーション」の違いを明確にした。簡単に言うと「ドキュメンタリー」とは「人に見せるためのもの」,「ドキュメンテーション」とは「細かい動作などの正確な記録」であり,この2つはまったく別物である。次にドキュメンテーション・ビデオを撮影・編集する際の注意点を説明した。

鈴村氏は編集されたビデオ作品をいかに劣化させずに長期間保存するかを,国立民族学博物館のビデオを上映しながら詳しく説明した。

ワークショップは主に日本人講師によって進められたが,インド側からもこの3つの分野の専門家の方々にそれぞれ1時間ずつ講義をしていただいた。

ビデオ作品の制作
ワークショップの前半は講義中心であったが,後半からいよいよ実習が始まった。
まずは共催機関のCCRTにラジャスタン地方の伝統音楽「マングニヤール・ソング」の演者7人に来てもらい,屋内実習が行われた。参加者は3つのグループに分かれて撮影を行い,その映像は高橋氏の指導のもと編集された。そして,演者全員を撮影する時には彼らをフレームの中心に据える,ズームインでは,演者の手の動きなどポイントとなる部分がわかりやすい角度から撮影するといった注意点が示された。

フィールドワークはニューデリーの南東150kmほどの所にあるマトゥーラで行われ,数百年前から伝わる「ガハヤ・ダンス」を撮影した。屋外撮影という物珍しさからか,200人近くの地元のギャラリーに取り囲まれ,実習という枠を超えた盛り上がった雰囲気の中で撮影が行われた。編集も今度は各自に任され,屋内実習での問題点も多少改善され,ドキュメンテーション・ビデオとして,よりふさわしい作品ができ上がった。

ワークショップ最終日には,3つのグループのリーダーがファイナル・レポートを発表した。まず,演者へのインタビューを通した詳細情報の収集の大切さや撮影・編集上の細かい技術が習得できたこと。また,ビデオ作品は傷まないうちに高品質なデジタル・ビデオにダビングし,その保存に当たっては,窓のない保管庫で,室温と湿度を一定に保ち人の出入りを制限するといった,この分野に携わる者として学びたい事をたくさん習得することができたとワークショップの成果を強調した。

今後の無形文化遺産保存の取り組み
無形文化遺産は各民族の誇りであり,アイデンティティーそのものである。あらゆる面でのグローバル化が進む現在,各自の独自性を保持することも非常に大切なことである。そのためには,今回のワークショップのような「細かい動作などをできるだけ正確に記録・保存し後世に残す」という地道な作業を続けると同時に,文化遺産を取り巻く社会制度の整備や後継者の育成など,さまざまな課題を総合的に解決していく努力が今後ますます必要であろう。
(文化事業課 祓川 圭介)