

カッタ・アシュラ(=大きい歌)
カッタ・アシュラ=音楽芸術、ウズベキスタンの伝統音楽
ウズベキスタン共和国、フェルガナ盆地
ウズベキスタンの民俗歌謡の一種であるカッタ・アシュラ(「大きな歌」の意)は、独特の詩のような歌詞と歌唱スタイルが特徴的で、独自の発展を遂げてきました。かつては広く愛される安定したジャンルであり、ウズベキスタンのフェルガナ盆地を中心に、民衆の生活の中で育て上げられてきました。
カッタ・アシュラはシンプルな音楽形式で、豊かな表現力と躍動的なメロディ展開、きらびやかな情緒性を持っています。カッタ・アシュラの比ゆ的な性質は、叙情的/哲学的でありながらも教訓的/宗教的な東洋の伝統的な詩の構造にも通じるところがあります。カッタ・アシュラを歌えるようになるには特別な訓練やスキル、声楽技術が必要です。本芸能や本芸能が持つ精神的価値の保護については、師匠から弟子に口頭でスキルや技術を継承するという方法が現代においても一般的です。
伝統的な歌曲形式であるカッタ・アシュラは、かつては広く普及し、盛んに歌われており、地域社会の環境の中で発展してきました。カッタ・アシュラの担い手は、伝統的な指導方法である「usto-shogrid(師匠/徒弟)」制度によって訓練されたhofiz(=カッタ・アシュラ歌手)と呼ばれる歌い手たちでした。カッタ・アシュラはウズベク族だけでなく、中央アジアに暮らす他の民族(タジク族、ウイグル族、トルコ族など)の無形文化遺産でもあり、フェルガナ盆地(現在はウズベキスタン、タジキスタン、カザフスタン、キルギスタン内の地域を含む)を中心に普及してきました。
20世紀の前半、カッタ・アシュラを含む伝統音楽は、まだ社会に大きな文化的影響を持っており、聴く人も多く、伝統文化や音楽技術も継承されていましたが、次第にそれまでのような社会的・文化的地位を失いはじめました。社会意識においても、伝統芸能はプロの音楽家による創作芸術とは対照的なものと見なされるようになりました。伝統音楽の演奏家や歌手は、音楽の世界ではエリートとしては認識されませんでした。カッタ・アシュラを取り巻く状況は厳しく、有名なアーティストや研究者でさえ、アカペラで歌うこの芸能には関心を示さなくなりました。本芸能の歌手に精神的・物質的な支援を提供する者もいませんでした。特に若者の間でのポップスの普及は、新しい才能ある人材の流入を決定的に阻みました。
大きな問題点は、カッタ・アシュラというジャンルや歌唱スキル/技術の保全と保護、そして地方において現在もカッタ・アシュラの伝統を担っている歌手の経済的支援の不足にあります。本芸能の未来は主に、文化的伝統の復興やカッタ・アシュラに関する調査の開発がいかに解釈されるかにかかっています。
フェルガナにおけるカッタ・アシュラの復興・存続を発案したのは、ウズベキスタン政府および国内のコミュニティやグループです。与えられたプロジェクトは、Academy of Arts of Uzbekistan(ウズベキスタン芸術アカデミー)に属するScientific-Research Institute of Art Studies(芸術科学研究機関)のDepartment of Folklore and Modern Music(民俗音楽/現代音楽部)(芸術科学専攻R. Abdullaev教授)の管理下で実行されています。
主な目的は、以下の通りです。