Asia Pacific Cultural Centre for UNESCO (ACCU)
Asia-Pacific Database on Intangible Cultural Heritage (ICH)

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ACCU Prize
Nekko Bangaku, Japan

伝統芸能振興活動(プロジェクト)の名称

根子番楽保存会

対象となっている伝統芸能の名称

根子番楽

コミュニティ(市町村など)の所在

秋田県北秋田市阿仁根子字根子又

根子番楽について

番楽は、山岳信仰を修行した山伏たちによって里々に伝えられてきた神楽の一種である。舞は、悪魔祓い・鎮魂・息災延命を祈願するもので、能・狂言に類されるが、純粋のそれではないといわれている。
 東北地方では、奥羽山脈を境に、日本海側で番楽(獅子舞または権現舞)、太平洋側では山伏神楽と呼ばれている。根子番楽の特長は、歌詞が非常に文学的に優れた内容であることと、舞の形式が能楽の先駆をなす幸若舞以前のものであることの2点である。山間僻地に残る土臭いこの民俗芸能には、古代人の情熱を漂わす先祖の息吹に触れさせるものがある。
 昭和39年に秋田県無形民俗文化財に、同47年には、国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に、そして、平成16年に国の重要無形民俗文化財にそれぞれ指定を受けている。

過去に直面した問題について

伝承は古き時代から集落の若者(青年会等)を中心に行ってきた。その保存組織の運営も、芸能の門外不出のために、新しく入会(芸の継承のための)する場合も会員の長男のみという厳格な仕組みのもとに、厳しい練習(稽古)を重ねていく流れであった。

しかしながら、時代が移り変わり、日本経済が高度成長時代に入ったころから、言うまでもなく、地方から関東圏を中心に若者の流出と出稼ぎ労働の増大が始まった。根子番楽保存会もこの現象に洩れることなく、組織会員の地元不在が顕著になって現れ、番楽の保存会活動に大きなダメージを与えた。

もともと、古くから、地域において数少ない娯楽面を充足する役目を担っていた番楽の公演であったことから、このような活動にも影響が出てきて、満足な保存・伝承の活動が出来なくなって、次第に陰りが生じてきた。昭和の40年代は、まさにもどかしい状態が続き、存続危機の波が大きく押し寄せてきていたのだ。
 昭和50年代に入って、保存会を取り巻く環境にも変化が出てきた。地域においては、若者の流出、高齢化の進展という過疎現象には変わりなかったものの、出稼ぎ労働の減少が目についてきた。この頃、時を同じくして、集落における若者グループ友和会の年間事業活動に根子番楽の継承活動が取り入れられたのが同51年から53年である。番楽の保存・伝承のために立ち上がったのだった。

問題を乗り越えるために実施したプロジェクト

根子集落における唯一の若者グループ根子友和会は、長らく地域で伝承されてき民俗芸能の保存と継承の危機の状況を目の当たりにして、主体である根子番楽保存会の活動に少しでも役に立ちたいという思いから、保存会メンバーを指導者として、その舞や囃子方を教わり、後に、保存会への入会という形で、危ぶまれた伝承活動を見事に救った。
 この活動は昭和51年から53年に実質的に行われた。若者グループの会員は約30名で、毎週水曜日を稽古の定例日と定め、長期ビジョンの活動が開始された。稽古の対象者はもちろん、番楽の保存会会員でもなく、番楽の経験もない人々だった。民俗芸能はそうたやすく習得できるものではなく、いくら努力を重ねても目的を達成できない人もいれば、活動の途中から関心・興味を失い活動を抜け出す者も多くいた。それでも、指導に当たった保存会メンバーと若者たちの共通の思いが月日を重ねるごとに高まりを見せていき、地域の人々の熱い視線を集めていくようになっていった。

従前の保存会の会員の高齢化による先細りも大きな懸念材料であったため、この集落内の若者グループと保存会とのタイアップは、地域と保存会の発奮材料となって、関係機関、関係団体等に好影響を及ぼしていった。

この活動への外部からの資金的な援助などは特に無く、活動の形態からして、報奨金の支払いや物品等の購入などを必要としないものであった。目的はただひとつ、演舞と囃子方の技術を習得することであったので、いわば、外部からの人的支援や財政面の援助などを求めずに、集落内でその再生を目指したものであった。

保存・継承活動を支えているもうひとつの力は子供たち(小中・高校生)の存在である。番楽を継承していく上で不可欠である。演舞の中にも子供の舞いがあって、なくすことはできない。実は、秋田県の文化財指定を受けた昭和39年に、当時の根子小学校に課外クラブとしての番楽子ども会を結成している。地域の伝統芸能に積極的に参画し、ふるさとを愛する心を培おうと、小学校が閉校となった平成10年まで、学校を舞台とした伝統の活動が繰り広げられてきたのだ。もちろん、指導者は番楽保存会のメンバーだが、この子ども会の活動は、現在も引き継がれていて、数少ない人数ながら、小学生、中学生および高校生の3区分に分かれて練習の汗を流している。
 年間を通して、番楽の定期公演はもとより、それぞれの学校の学習発表会や文化祭、または他地域関係団体との交流会等に積極的に参加している。県内の民俗歌舞団の主催する韓国の少年たちとの民俗芸能交流などへの参加も行って、国を越えた交流活動も行ってきた。

ビデオ


入賞プロジェクトの伝統芸能:根子番楽

 

継承者へのインタビュー