Asia Pacific Cultural Centre for UNESCO (ACCU)
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ACCU Prize
Performing arts of the Tanedori Festival, Japan

伝統芸能振興活動(プロジェクト)の名称

竹富島の種子取祭への取組み

対象となっている伝統芸能の名称

種子取祭の芸能

コミュニティ(市町村など)の所在

沖縄県八重山郡竹富町字竹富(竹富島)

種子取祭の芸能について

竹富島には、600年の歴史を有すると伝えられる種子取祭が行われている。種子取祭は、播種の儀礼を中心にした共同体繁栄を祈願する9日間にわたる祭りだが、その中でも島民がこぞって参加するのは、カノエトラ(庚寅)・カノトウ(辛卯)の2日間である。カノエトラの日は、世持御嶽での早朝の祈願から始まり、歓待の儀式・参詣・庭の芸能・舞台の芸能・イバンの儀式(神様に一晩中ユークイに参加することを誓う儀式)、そして各戸を廻るユークイ(世乞い)が明け方まで行われる。

種子取祭が長きにわたって先祖代々継承されて来たのは、竹富島の村立ての話に登場する由来伝承に基づくものだからである。種子取祭では70演目余りの芸能が奉納されるが、それらの芸能も竹富島のムーヤマの神々への敬虔な想いと信仰に深く根差して奉納することになっている。

過去に直面した問題について

1945年、第二次世界大戦における日本の敗戦によって、中国や東南アジアに出征した日本軍の兵士たちが帰郷し、沖縄の南の果ての竹富島にも大きな影響を与えた。しかし社会状況が落ち着きはじめると、生活の場を求めて島を去る人々が増え、人口は激減した。この人口激減と戦後の合理主義的な考えは、竹富島の伝統文化継承の危機的な状況を生み出した。

人口の激減によって、延べ500人を超える芸能出演者の確保が難しくなったが、祭りは芸能出演者だけではない。神事に携わる人々、食材の確保、供物や食事の用意をする人々、会場設営の労役などの祭りを支える人々が大勢必要である。そこで、島では隣の石垣島に居住する島出身者の組織・石垣竹富郷友会に奉納芸能の出演及び祭りへの参加を依頼した。幸いにも、愛郷心に富む大勢の人々が祭りに参加するようになった。

ところが、復帰後の1974年頃には、石垣竹富郷友会と竹富島の竹富公民館の間には、考えの相違が生まれるようになった。そして、石垣竹富郷友会から、農業を営まず観光業を主体にする竹富島で農耕の播種儀礼の種子取祭は行う必要があるのか、という意見が出されるようになり、更には、種子取祭の奉納芸能の日を土曜日・日曜日に行うように変更して欲しいとの具体的な提案が出された。

また、1980年代、竹富島には、ヤマト嫁と呼ばれる日本本土から嫁いで来る女性たちが増え、本土からの若者の移住者も出てくるようになった。しかし彼らの伝統文化への理解は浅く、種子取祭参加への意欲も低いものだった。したがって、種子取祭を存続させるためには、それら日本本土からやってきた「新竹富人」が種子取祭などの伝統文化に取り組む意欲を喚起することが重要な課題になったのである。

問題を乗り越えるために実施したプロジェクト

前記の危機を乗り越えるために、竹富島は特別なプロジェクトを計画し、実施することはなかった。その理由は、当時は、伝統文化興隆のために、市町村の行政組織が尽力することがほとんどなかったからであった。特に竹富町は、竹富島・小浜島・西表島・鳩間島・黒島・新城島・波照間島で構成し、竹富町役場は石垣島にあるため、それぞれの島の伝統文化の振興に目配りする余裕がなかったのである。

それゆえ、竹富島は竹富公民館という島民組織が島の生活や伝統文化に対して大きな役割を担ってきた。また、その公民館は、東集落・西集落・仲筋集落の自治組織の上に成り立っており、警察官もいない竹富島では、公民館の果たす役割は大きいものだった。種子取祭の危機に対しても特別なプロジェクトはなく、その3集落が寄り合いを開き、それを3集落の代表が議論し竹富公民館長が中心になって執行してきた。

石垣竹富郷友会が提案した種子取祭の土・日開催は、石垣島でサラリーマンとして働く彼らにとっては、種子取祭が平日に当たる不便を克服し参加したいという意欲の表れでもあったが、3集落で何度も寄り合いを開き、祭りの本質を考えた結果、石垣竹富郷友会の協力を断っても、ムーヤマの神々と繋がる日干支による伝統を変えることはできないという意見の集約が行われた。

また、日本本土から移住してきたいわゆる「新竹富人」が意欲的な種子取祭に参加できるようにするため、西集落では以下の3つの理念のもと、まず彼らの子供たちに踊りを教え、積極的に種子取祭の舞台に立たせるように努力した。

  1. すり込みの技と心の浄化をとおして有形・無形の竹富の文化を身に付ける
  2. 五本の指の調和の中に竹富島の協力一致(うつぐみ)の精神が表れている
  3. 厳しさを耐えて後の喜びと感謝の気持ちを持つ