タンタンのムッセム
 

サハラ砂漠は、モロッコ南部の30以上の種族とその他の北西アフリカの遊牧民を一つに結び付けています。もともと、これらの人たちによって、毎年5月頃1週間にわたって自発的で定期的な集まりが開かれていました。こうした集まりは、遊牧民の農業と牧畜の暦の一部となっており、皆が寄り集まって食料品などの商品を売買あるいは交換したり、ラクダや馬のブリーディングコンテストを開催したり、結婚を祝ったり、薬草医の診察を受けたりする場でした。ムッセムではまた、音楽の演奏やポピュラーな曲の歌唱、詩のコンテストなどの様々なお祝いごとその他ハッサン族の口承伝統や、遊びも行なわれていました。

img

1963年に、地元の伝統を促進し、このイベントを物品の交換や、寄り集まり、祝いの場とするために、タンタンで最初のムッセムが開かれて以来、こうした集まりはムッセム(経済的、文化的、社会的な年1回の祭りの一種)の形式を取っています。ムッセムは元々、仏・西による占領に反対したモハメド・ラグダフ(Mohamed Laghdaf)に関連していると言われています。 彼は1960年に亡くなりましたが、彼の墓はこの町の近くにあります。1979年から2004年までのあいだ、地域の治安の問題により、ムッセムの開催は不可能となっていましたが、9月に新たにムッセムが開かれ、これからも通常9月に開催されることになります。今日、自分たちの生活様式やノウハウ、伝統を守りたいと願う遊牧民たちは、タンタンのムッセムがこの一助となることを願っているのです。

この地域に影響を与えた経済的・技術的な変動は、ベドウィン遊牧民のコミュニティの生活様式を根本から変えました。その最たるものが定住化です。都会化と農村過疎化によるこれらの変化で、工芸品や詩といった彼らの伝統文化の多くが失われています。さらに、これら伝統を保護するための資源やムッサムを運営する組織が欠落しているため、ムッサムの存続が危ぶまれています。