

地元の芸人によって県庁で演じられるアチェ・ラモ
アチェ・ラモは、16世紀に花開いたユニークな芸能です。ブータンの一部地域において、台詞としての詩句は現地の方言で歌われています。アチェ・ラモは、舞踊・演劇両方の魅力と美しさを備えています。一種の娯楽であるだけでなく、地元の神々の怒りを和らげる強力な魔力も持っていると信じられています。
アチェ・ラモは、もともとチベットで生まれたと伝えられる一種の民族舞踊です。
音楽、舞踊、演劇
アチェ・ラモまたはアシェ・ラモは、舞踊というよりは演劇と見なされていますが、学者の間では、太古の昔からブータンで栄えた舞踊劇と認められています。
特徴
アチェ・ラモは、文字通りには「姉女神」を意味します(アチェは姉、ラモは女神の意)。1年に1度、地元のしきたりに従って、牧夫によって演じられます。そこで語られるのは、霊的なものであれ世俗的なものであれ、奇跡的な偉業と信心深さで名声を得た人々の物語です。この芸能の演目は、それほど広くありませんでした。また、大まかな枠組みは同じですが、各集団が培ってきた上演様式は千差万別です。物語が歌劇調の叙唱とコーラスで語られる中、男女1人ずつによる舞踊が、シンバルのリズムと打面の大きな太鼓の音を伴奏に演じられます。中心的な出し物以外に、喜劇的な場面が実に生き生きと演じられます。
メラ・サクテンパの人々は、この舞踊劇を1年に1度、5日間連続で上演します。毎年の祭り以外でも、大きな僧院や裕福な名士の家、国にとって重要な特別行事で演じられます。
歴史
14世紀後半から15世紀後半に活躍したチベットの高僧で、橋造りで知られるタントン・ギェルポ(1361〜1485年)は、チベットの多くの大河に鉄の吊り橋を架ける事業に乗り出しました。その際、労働者のために十分な食料を調達するために、面白い寄付集めの方法を編み出しました。7人の娘を持つチョンジェ・ベナ家に声をかけ、娘ひとりひとりに様々な役を割り当てる一方で、自分は太鼓を叩くことにしたのです。大勢の観客が集まり、この劇を見た人々は大いに楽しみました。こうして初めて、チベットにこの劇がもたらされました。
14世紀後半、タントン・ギェルポは架橋活動の範囲をブータンにも広げ、彼とともにこの芸能がブータンに渡来したと信じられています。
タントン・ギェルポは鉄の吊り橋の建設とそれに関わる見事な工事を菩薩の理念の実用化とみなしていました。アチェ・ラモの舞踊劇の創始は、他の仏教活動と何ら違わないことでした。タントン・ギェルポはまた、他の古典舞踊や芸能も紹介したとされています。
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Phuntsho Gyeltshen
Lecturer
Royal Academy of Performing Arts
住所:(Special Commission of Performing Arts)Post Box #493 Chubachu, Thimphu, Bhutan